どこにでもスウェットで出かける

今年の春、髪の毛をブリーチした。自分の顔に飽きていたので気分転換になった。髪の明度や彩度が変わるだけで、違う人間になったように感じる。
髪型を変えようと思ったきっかけのひとつに、短期間で繰り返し「ぶつかりおじさん」に遭遇したことがある。「ぶつかりおじさん」はSNS上のミームだ。混雑した駅構内や交差点などで、すれ違いざまや追い抜きざまに意図的にぶつかってくる人物を指す。「おとなしそうな女性」が被害に遭いやすく、加害者は「中年男性」が多いと語られがちだが、もちろん例外もあるだろう。今年に入って私にぶつかってきたのは、全員おじ的なビジュアルだったように思うが、本当のところは本人にしかわからない。だから正確には、ぶつかり人間。合計で4人。
金髪にした途端、私の世界からぶつかりおじさんは消滅した。ぶつかりおじさんのミニゲームを作ってしまう程度には悩まされていたというのに。

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それだけではない。電車の座席にもゆったりと座れるようになった。これまで自分は肩幅が広いのだと思い込んでいたが、隣に座る人を肩で押しやるような人々は、どうやら相手を見て行動を変えているらしい。相手の、頭部の毛の色を?
どこにでもスウェットで出向く
さて、金髪にスウェット、スニーカーという装いで仕事の場に出入りする機会が増えると、周囲の反応が二極化することに気づいた。「ラフすぎるのではないか」と心配してくれる人と、「とても良いですね」と過剰に肯定してくれる人だ。
外見の自由化という点では、企業の動きも加速している。日本マクドナルドは2024年9月10日、全国の店舗で働く社員・アルバイト約20万人の髪色を自由化した[1]。それまでの基準は「自然な髪色」とされていた[2]。同社によると、先行して試験導入した大阪の店舗では、同年4月の採用数が前年の約3倍となり、スタッフが30人以上増加したという[3]。
ディスカウントストアのドン・キホーテはさらに早く、2022年3月に髪色を自由化している。同社が2025年1月に公表した調査によれば、店舗従業員の55.4%が黒髪以外で、いわゆる「派手髪」は23.8%に上り、前年から4.5ポイント増加した[4]。
あえてラフな格好をしている上客
2012年5月、Facebookの上場前に開催された投資家向け説明会に、CEOのマーク・ザッカーバーグはパーカー姿で現れた。これに対し、ウェドブッシュ証券のアナリストであるマイケル・パクターは、「投資家をさほど重視していない態度の表れであり、未熟さの証拠だ」と激しく批判した[5]。
しかし、テック業界の側では、むしろこのアナリストの批判こそが笑いものとなった。ウォール街の人間が無礼とみなしたパーカーは、シリコンバレーの人々にとっては日常着だったからだ[5]。
見る人によって同じ服装の意味がどのように変化するかを検証した実験がある[6]。
ミラノの高級ブティックに勤務する店員52人と、ミラノ中央駅で声をかけた女性57人に、同じ短い文章を読ませた。内容は「35歳前後の女性が、高級ブティックに入ってくる」というものだ。半数の被験者には、その女性が「ジムウェアとジャケット」を着ていると伝え、残りの半数には「ドレスと毛皮のコート」を着ていると伝える。そして、その客がどれくらい買いそうか、店の顧客になりそうかを7段階で評価してもらった。
結果、ブティックの店員はジムウェア姿の客をドレス姿の客より高く評価した(4.9 対 3.8)。一方で、駅で声をかけた女性たちの評価は逆で、ドレス姿の客を高く評価した(3.5 対 5.7)。高価な服を買う客を見慣れている店員は、ジムウェアの客を「あえてラフな格好をしている上客」と読み解き、見慣れていない一般の人々は「場違いな客」と捉えたようだ。実際、ある店員は「裕福な人は優越感を示すために、あえてラフな格好をすることがある」と回答している。
この実験結果をまとめた論文では、こうした読み替えが成り立つ条件として以下の3点を挙げている。
観察者がその場に慣れていること
服装の「外し」が意図的に見えていること
その場に守るべき格式が存在すること

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なお、この実験結果には一定の留保が必要だ。共著者であるジーノは、別の論文4本でデータ改竄の証拠が示され、それらの論文はすべて撤回されている[7]。今回の実験自体に改竄の指摘はなされていないものの、共著者らは「この論文に含まれる全研究において、ジーノはデータ収集に関わっていない」と釈明している[8]。また、他者による独立した追試も見つかっていない。
さらに、実験のフォーマットにも限界がある。研究の大半は文章で状況を示して評価させるスタイルであり、実際の服装を見せて評価させたのは、「赤いコンバースを履いて講義をした女性教授」について経営者に評価させた追加研究のみだ。しかもその追加研究では、女性回答者が分析から除外された。30人中28人の女性が「自分も色の目立つ靴を持っている」と答え、靴の所有だけで個性の強さを測定できなかったためだという[6]。
守るべき格式が存在しない場所
規範を外せば無条件で地位が高く見られるかというと、そうではなさそうだ。