統治の癖とテクノロジー

2025年10月、タンザニアで投票日に全国のインターネットが落ちた。ブラジル、ルーマニア、中国、インド、EU、米国、ネパール、そして日本。政治とテクノロジーの現在を整理する。
テック・デザインノート 2026.08.31
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最近、AIの話ばかり書いている。ちょっと違う話がしたい。

世界のあちこちで起きていることを調べて、政治とテクノロジーの現在を整理してみる。

タンザニア|回線を遮断する

2025年10月29日の朝、タンザニアの投票所が開くのと同時に、国全体のインターネットが落ちた。

この日は大統領選の投票日だった。主要野党CHADEMA(民主進歩党)は選挙から排除され、有力候補は拘束されるか撤退していた。モバイル回線も固定回線も止まり、X、WhatsApp、Instagramにアクセスできなくなった。通信は同年11月3日まで、5日間遮断された。国連人権理事会が任命した特別報告者ら独立専門家のグループは、遮断によって、今行われている人権侵害が記録されること自体が妨げられたと非難した。また、選挙後の弾圧においては数百人規模の超法規的殺害が行われた疑いがあると指摘している[1]。

回線を切るという統治手段そのものは、新しいものではない。タンザニアでは2020年の総選挙でも同様の通信遮断が行われた。アフリカ全土では、インターネットを遮断する事例が2016年から10年足らずで倍増したという[2]。

ブラジル|Xを締め出す

2024年8月31日、ブラジル国内におけるXの利用が不可能な状態になった。命じたのは最高裁のアレシャンドレ・デ・モラエス判事。国家通信庁(ANATEL)がすべての通信事業者に指示し、XへのIPアドレスを回線レベルでフィルタリングした。2022年の暴動扇動や選挙関連のデマに関わったとされるアカウントの凍結を、Xが繰り返し拒否し、法定代理人の指名も拒んだためだ。

39日後の10月8日、Xは復旧を認められた。罰金約520万ドルは凍結された銀行口座からの強制徴収を含めて支払われた。Xは法定代理人を指名し、指定されたアカウントをブロックした[3]。遮断前の時点で、ブラジルにおけるXのユーザー数は約2,200万人。プラットフォームにとって手放せない市場の規模が、国家側の交渉力になったといえる[4]。

ルーマニア|選挙を中止する

2024年11月24日、ルーマニア大統領選の第1回投票において、泡沫候補と見られていた極右のカリン・ジョルジェスクが約23%の得票で首位に立った[5]。選挙戦はほぼ全面的にTikTok上で展開され、2カ月で約1億5,000万ビューに達していた。同年12月6日、決選投票の直前、憲法裁判所は選挙そのものを無効化した。EU加盟国で初の事態だった。選挙を無効化する根拠として提示されたのは、ある情報機関からの報告書だった。そこには、選挙インフラへのサイバー攻撃が8万5,000件を超えたこと、100人超のTikTokインフルエンサーが報酬を受けてジョルジェスクの動画を拡散したこと、これらの手口がロシアの過去の工作と一致することが記されていた[6]。

再選挙は2025年5月に行われ、親EU派の政治家ニクショル・ダンが当選した。ロシアの介入から民主主義を守った、という解釈もありえるが、実態はもう少し入り組んでいる。

米シンクタンクAtlantic Councilの分析によれば、TikTok上で見られた組織的な拡散は、その多くがルーマニアの選挙法に触れていなかったという[7]。

資金の出どころにも疑問が残る。独立系の調査報道メディアSnoop.roは、ジョルジェスクを押し上げたキャンペーンの一つに金を出していたのが、ロシアではなく国内の主流政党・国民自由党(PNL)だったと報じた[8]。発注時は、「過激主義への対抗」のための投票を呼びかけるキャンペーンだったという。PNLに起用された130人のインフルエンサーは候補者名を明言せずに「次の大統領に必要な資質」について語る動画を投稿した。それらがなぜジョルジェスク支持の拡散に変わっていったのかは、当事者の主張が食い違ったままだ。制作会社はキャンペーンを乗っ取られたと反論し、Snoop.roは発注元の指示書どおりに動画が作られていたと報じ、国家安全保障最高評議会の文書はキャンペーン全体がジョルジェスクのために設計されていたと記している。

欧州評議会の専門家機関である、法による民主主義のための欧州委員会(通称ヴェネツィア委員会)は、こうした動きについての注意喚起を行なっている。選挙結果を取り消すためには透明性と必然性が不可欠である、とする[9]。米国のJ・D・ヴァンス副大統領は、ルーマニアのこうした動きを批判し、不確かな情報と隣国からの圧力によって選挙結果を取り消した、と語った[10]。

中国|グリッドワーカーによる監視

2024年3月、中国の李強首相は「AI+(人工智能+)」を国家戦略に掲げた。経済と社会の全域にAIを浸透させる方針で、2025年8月の国務院指針は重点六分野の一つに「統治」を明記している[11]。その現場を担うのが「網格員(グリッドワーカー)」と呼ばれる、地域の担当者たちだ。15〜20世帯ごとに区切られた区画を一人が受け持ち、住民を定期的に訪ね、人・出来事・場所・物・感情といった情報を集めて専用アプリから報告する。ゴミの出し方や、水道を長く使っていない世帯なども調査される。生活支援という名目で実施される詳細な地域のログは、予測の材料として用いられてもいる。Huaweiは、グリッドワーカーらによる報告写真の撮影位置をニューラルネットで特定して3Dモデル化する特許を出願た。福建省の研究機関は、音響センサーとカメラの情報から「群体性事件」の予兆を検知するAIの活用を提案している。群体性事件とは、ストライキや陳情、デモ、暴動など、住民が集団で異議を申し立てる事態を指す政府の用語だ[12]。こうした監視カメラのネットワークは、文章で指示すれば該当する映像を検索できるLLM統合型への置き換えが各地で進んでいる[12]。

こうした「監視のアセット」は国外へ輸出されてもいる。2025年7月、李強は「世界AI協力組織(WAICO)」の設立を提案した。AIをめぐる国際ルールづくりの場を、中国が主導して立ち上げようという構想だ[13]。

「監視そのもの」が輸出されるわけではないことは付記しておきたい。南カリフォルニア大学の政治学者エリン・バゴット・カーターとブレット・L・カーターは、64カ国・153件のHuawei事業を分析した。中国から輸出されているのは通信網や監視カメラ、それを動かす電力設備、運用研修で、これらの設備は市民の監視にも、通信インフラの整備にも使える。研究の結論は、技術の使われ方は輸入国の統治の様式によって割れている、というものだった。権威主義的な体制においてはデジタルによる抑圧が加速し、民主主義的な国家では変化が見られない、という[14]。技術が単独で体制を作るわけではない。ただしこの指摘は開発の無垢さを担保するものでもない。

インド|デジタル公共インフラ

インドは「デジタル公共インフラ(DPI)」を開発し、輸出も行っている。DPIの中身はIndia Stackとも呼ばれ、生体認証ID「Aadhaar」、統一決済「UPI」、書類保管「DigiLocker」のセットだ。これらを途上国の統治基盤のモデルとして各国に提供している。なお、「Aadhaar」はサンスクリット語で「आधार(基盤)」。日本語で無理やり表記すると「アーダ(ハ)ー(ル)」のような発音になる。

Aadhaarは10億人を超えるインド国内の住民に身分証明を与え、給付の直接送金を可能にした[15]。問題も多くある。指紋や虹彩の認証に失敗した人は給付を受け取ることができない。労働によって指紋が摩耗した高齢者が、受給資格を持ちながら窓口で弾かれてきたという例がある。Aadhaarの番号は銀行口座にも携帯電話にも年金にも紐づいており、一人の生活の全領域を一覧できる状態も生まれる。インドでは「360度プロファイリング」と呼ばれて批判が続いている。

米国のテック政策メディアTech Policy Pressに寄稿された分析によれば、Aadhaarが国際的に評価されているのは、技術的な効率を全面に押し出し、国内での批判を不可視化したからだという[16]。司法監督や個人情報保護の弱い国がこのモデルを導入すれば、排除と監視のリスクが増幅する。

EU|制裁を強化し、規制を緩和する

2025年12月5日、欧州委員会はデジタルサービス法(DSA)に基づく初の制裁金として、Xに1億2,000万ユーロを課した。青い認証マークは金を払えば誰でも取得でき、Xは名義人の確認をしていなかった。ユーザーはアカウントの真正性を判断できず、なりすまし詐欺のリスクに晒されている。DSAはさらに、プラットフォームの内部で何が起きているかを外部が検証できる状態を求めている。しかし、掲載広告を誰でも検索できるデータベースには、広告の中身も出稿した企業名も載っていなかった。審査を通った研究者にデータを提供する制度も、Xの側の障壁で機能していなかった[17]。

欧州委員会は、法律を作る段階から、作った法律を使う段階へ重心を移している。2025年12月にはMetaがWhatsAppから他社のAIアシスタントを締め出したこと、GoogleがAI開発にオンライン上のコンテンツを使っていることについて、相次いで調査を開始した[18]。こうした動きに対する米国側の反発は強い。同年12月、米国務省はDSAの立案を主導したとして元欧州委員のティエリー・ブルトンら5人の入国を禁じた[18]。トランプ政権は報復関税の可能性も示唆している[19]。

EUは、調査や制裁といった執行を強化すると同時に、規制そのものについてはむしろ緩和する方向へと向かっている。2025年11月19日に公表された「デジタル・オムニバス」と呼ばれる一括改正案は、個人データの扱いを定めるEUの一般データ保護規則(GDPR)を大きく変えようとするものだ。その案は、何を個人データとみなすかの範囲を狭めAIの学習に個人データを使える余地を広げる。また、融資の審査や採用選考といった判断をAIだけが自動的行っている場合、個人は、人間によって再審査がなされるよう要求する権利が保障されていた。改正案はその制限を緩める。

欧州のデジタル権利団体European Digital Rights(EDRi)は、EUが積み上げてきた個人データ保護の取り組みを大きく後退させるものだとして批判をした[20]。

アメリカ|横断的な監視システム

2025年3月、トランプ大統領は連邦政府内における「情報サイロの排除」を命じる大統領令に署名した。省庁が別々に保持している市民のデータを、特定の職員が横断的に参照できるようにする内容だ。その実装を担ったのが、米国のデータ分析企業Palantir Technologies(パランティア)だった。少なくとも4つの連邦機関が同社のソフトを用いて省庁間のデータ集約を進めている。パランティアの連邦契約額は2024年の5億4,120万ドルから2025年には9億7,050万ドルへ、ほぼ倍増した(USAspending.gov集計)[21]。

パランティアは、連邦税の徴収を担う内国歳入庁(IRS)において、納税者データベースの構築も進めている。この動きについて、上下院の民主党議員らは「監視の悪夢」であると警告した[22]。パランティアはこうした見立てを否定している。契約は、省庁ごとに別々に結ばれており、ある省庁のデータを他の省庁が見られる仕組みにはなっていない。全国民の情報を一つに集めた名簿(マスターリスト)を作っているという指摘は事実に反する、というのが同社の主張だ[23]。パランティアのCEOであるアレックス・カープカープは、ポッドキャストで以下のような会話をしている。

(あなたたちは監視をしているのか、という質問に対して)
いや、監視をしていませんよ——ええと、米国市民に対しては。

Karp later stated: "To your questions, no, we are not surveilling," taking a beat before adding, "uh, U.S. citizens."

[24]The Intercept "Alex Karp Insists Palantir Doesn't Spy on Americans. Here's What He's Not Saying." September 12, 2025.

「Gen Z」の抗議運動

2025年9月4日、ネパール政府は26のソーシャルメディアプラットフォームへの国内アクセスを遮断した。Facebook、YouTube、WhatsAppを含む一斉停止。表向きの理由は、事業者が政府への登録を済ませていないことだとされた。しかし、アクセスを切る直前から、政治家の子どもたちが高級車や海外留学や豪奢な暮らしをSNSに投稿する様子を並べ、その金はどこから出ているのかと問う「Nepo Baby」というハッシュタグが広がっていた。若年層の失業率は20%を超え、多くが出稼ぎに出ているなかでのトレンドだった。若者たちは、アクセス遮断をこうした動きへの報復と受け取った。

アクセス遮断に対する抗議者はVPNで規制を迂回し、遮断対象から漏れていたDiscordとInstagramに集結した。2025年9月8日、カトマンズの議会前に集まったデモに対し、警察は放水と催涙ガスとゴム弾を使い、実弾を撃った。この日だけで19人が殺され、300人以上が負傷した。アムネスティ・インターナショナルは、差し迫った脅威のない状況での発砲だった、として違法な殺害と認定した。報告書の題は「声を上げに行ったのであって、殺されに行ったのではない」という遺族と参加者の言葉から取られている。K・P・シャルマ・オリ首相は9月9日に辞任した。

その後、登録者16万人超のDiscordサーバーは、暫定首相候補を絞り込むための討議の場として使用された。7,700票あまりの公開投票で元最高裁長官のスシラ・カルキが過半数を得た。大統領、陸軍参謀長、Gen Z代表の交渉を経て、カルキは暫定首相に任命された[25]。

同じ形の抗議運動が、2024年頃から各地で起きている。マダガスカルでは水と電気の慢性的な不足、モロッコでは医療と教育の手薄さ、ケニアでは新税、ペルーでは年金改革と治安への不満。要因は国ごとに違うが、政党や労組を通さずSNSで組織され、参加者らは自らを「Gen Z」と名乗った[27]。2024年にシェイク・ハシナ首相を退陣させたバングラデシュの抗議が、その先駆けと見なされている。マダガスカルでは大統領が国外へ逃れ、ペルーでは大統領が弾劾された[28]。漫画『ONE PIECE』の海賊旗が、大陸をまたぐ共通の旗印になった。

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